2013年4月19日金曜日

越えられない「壁」〜ボストン爆破事件に思うこと

 ボストンの爆破事件、26歳の兄と19歳の弟という2名の容疑者が特定され、兄は銃撃戦の末に射殺。弟は現在も逃走中とのことです。

 逃走中の弟が自首でもしない限り、兄弟がどのような動機でこのようなテロ行為に至ったのか、本当のところが明かさせることはないでしょう。その一方で現在漏れ伝わってくる断片的な情報を張り合わせてみると、この2名の若者の心情は分からなくもないな、と感じてしまう自分がいます。

生い立ち
 兄弟は2003年にチェチェニアからの難民としてアメリカに入国。兄のタメルラン・ツァルナエフは当時16歳、そして弟の弟のジョハル・ツァルナエフは9歳です。

 兄のほうはアマチュアボクシングで活躍。3カ国語を話し、ピアノもうまかったそうです。コミュニティカレッジに通い、エンジニアになりたいと考えてたとのこと。ところがアメリカ社会にはとけ込めなかったようで、自身のフェイスブックのページに「アメリカ代表としてオリンピックに出場したい」といったコメントを残す一方「僕にはアメリカ人の友達が一人も居ないし、彼を理解できない」などといった書き込みもあったようです。

 弟はレスリング部のキャプテンをして活躍。大学に進学を果たし、順調にアメリカ生活にとけ込んでいたように見受けられます。インタビューに応じた高校時代の友人によると、弟はレスリング部のキャプテンとして尊敬されていたそうで、英語に訛りもなく肌も白く誰も彼のことを外国人扱いしていなかったそうです。そして今回の犯行にはみんな一様にショックを受けているなどと話しています。

 興味深いのはこの2人の叔父のコメントで、突きつけられたマイクに向ってこの2人のことを「負け犬」(Losers)と呼び、「一族、そしてチェチェン民族の顔に泥を塗った恥だ。」と怒った様子で言い捨てたのです。




 ウチの息子たちは7歳と5歳の時にアメリカにやってきましたが、英語ができるようになるまでは心から当てにできるのはお互い同士だけ、といった感じで、非常に結びつきの強い兄弟に育ちました。
 うちの子に限らず、異国で結束する兄弟の話はよく耳にします。この兄弟もまた同じように非常に固い絆で結ばれ、兄の心情に共感せざるを得ない弟がいたのかもしれません。

越えられない「壁」
 アメリカで生まれ育った生粋の「アメリカ人」とアメリカに帰化していく移民たちとの間ではどうしても埋められない「壁」があるものです。それは育った環境からくる価値観の違いに根ざしており、例え何十年アメリカで過ごしても、その違いを「よそ者」として客観視せざるを得ない自分がいるものです。習慣、宗教、他人との距離の計り方、言葉……。「壁」は幾重にも重なっています。

私も16歳の時にアメリカに来て、大学時代は水泳部でした。チームメイトは全員白人。それなりに仲良くなり、楽しい青春の一時を過ごしましたが、それでもみんなに溶け込もう、話を合わせようと必死だった自分がいました。しかし話が少年時代の出来事や夢中になったテレビ番組、あるいは将来の夢などに及ぶと、どうにも埋めようのない壁を感じたものです。

ある者はその壁を克服しようと必死になり、あるものは「そういうもの」として壁を乗り越えられないことを受け入れて行きます。しかし何年暮らしても「相容れない部分」は残るものですし、心の底からホッとできない苦しさはあるものです。

 この壁の存在は、自分が黄色人種というアメリカではマイノリティになる人種であることにも大きく起因しているのではないかと思っていましたが、今回の事件の報道を目にし、また、これまで職場を共にした白人の移民たちを思い出してみると、白人か否かなどあまり関係なく、すべての移民たちがこの壁で少なからず苦しむのかも知れないと思いました。

 容疑者はイスラム教徒だったようですから、9/11やその後のアメリカの空気なども、彼にとっては大きな越え難い「壁」を形成したのかもしれません。兄は映画「ボラット」が好きだったと報道されていますが、あの映画のオカシさ/面白さというのは移民としてアメリカに住んでみると、その秀逸なバカさに感心させされるものです。この辺りの感覚もこの容疑者に共感してしまう移民たち、少なくないでしょう。




 犯人がやったことは決して許されることではありませんし、この国にいる何百万人という移民は別に爆破事件など起こさずアメリカ社会の一員として平和に暮らしているのであって、この容疑者を特別視する気もありません。

 その一方でこの若者たちが抱えた疎外感を思うと、なんともやるせない気持ちにさせられます。逃げ回って射殺されるのではなく、自首してくれればと思います。彼が自首して犯行に至るまでの心情を吐露してくれれば、例え僅かでも疎外感をもつ若者が減らすような工夫が出来るかもしません。



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2013年4月8日月曜日

「安定なき自由」と「束縛された安定」〜「ノマドと社畜」を読んでみて


今話題の「ノマドと社畜」。共感するところが多い本でした。献本御礼申し上げます。



 この本の言わんとするところを煎じ詰めて言えば、「ノマドって楽じゃないよ」というところです。ノマドも社畜も両方体験した私としては、まあどっちもどっちと言うか、「ラクな世界」なんかどこにもないんだよな。というのが実感ですが。

 この本を読んで私がまず思い出したのが社畜時代の閉塞感。10年も20年後も同じことの繰り返し難じゃないか……という「終わりなき日常」感覚。満員電車、会社の狭い寮、社食や寮のマズい飯、習慣化している残業。連休はゴールデンウィークとお盆とお正月に一斉にあるだけなので、出掛けたくても一番高くて一番混んでいる時しか出掛けられず。

 とはいえ社畜って、ある意味本当に楽です。未来のことをほとんど考えなくていいという楽さ。それと引き換えに「魂の自由」を差し出さなければなりませんが、他の人と同じように振る舞うのが別段苦でない方には、こんなにラクな環境はないかもしれません。ある種「悟って」しまえばけっこう素敵な環境です。仕事だって意外なくらい面白い部分もあったり。私はノートパソコンの開発をしていましたが、これはこれで非常に面白い仕事でした。

 でも私は「魂の自由」とやらが得たくて飛び出してしまいました。そして閉塞感の代わりに不安感を得ました。まずは派遣社員。「終わりなき日常」は確かになくなったけれど、今度は「契約が終ってしまうかもしれない不安感」とのお付き合い。3ヶ月ごとに契約が更新されるかとヤキモキ。世の中は不況まっただ中。社畜時代よりも金回りは良かったけれど、「このままだと先はないな」と実感できたのが大きな収穫でした。

 その後は「外資系正社員」→「シリコンバレーの現地採用社員」→「脱サラ」と就労形態を変えるいくのだけれど、変える度に「魂の自由」が増え、「未来の安定」が損なわれ、そして自分のアタマで考えてどうにかして行かなければならないことがドンドンと増えていきました。自分にとってはそれはとっても心地よいことだったけれど、社畜生活がシックリ来る人には堪え難い生活かもしれません。
 
 そして自営へ。今までの就労形態でもっとも自由度が高いけれども、要するに個人商店でから何から何まで自分で考えて自分でしなければならない。日銭をキチンと稼ぐことやお客さんと面と面で向き合うこと、信頼関係を築くことの大切さ。今までは会社任せだったモロモロの手続き。人を雇う難しさ。明日が分からない生活。「いつ終るかも知れない日常」はけっこうスリル満点です。

 さて前置きが長くなりました。「ノマドと社畜」のなかで一番共感したのは、

一方ノマドは、実質「一人親方」の屋台ですから、すべての経費は自己負担です。事務処理はすべて自分でこなさねばならず、屋台状態ですから営業できなくなればその日から有給休暇も病欠もありません。また、雇われているわけではありませんので、「労働者」としての権利はありません。仕事の成果も収益もすべて自己責任です。文句をいう相手はいないのです。

という一節です。

「ノマド」なんていうと聞こえがいいけれど、要するにノマドって自分商店であることをキチンと理解させてくれる一冊です。屋台を引くのと同じです。そういう覚悟がなければノマドなんてやらない方が幸せです。でもその覚悟があるなら充実した働き方でもあります。

 「ノマド」と「社畜」って「安定なき自由」と「束縛された安定」のどちらを取るのか? というそういう選択です。いい悪いじゃなくて、どちらが自分に向いているのかというお話。

是非ご一読を。おすすめの一冊です。



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2013年4月6日土曜日

「ノマド化する時代」〜そうそう、否が応でもノマドになってしまいます


この本、とっても面白かったです。


 拙書「企業が「帝国化」する (アスキー新書)」とも被るところが多く、読みながら「んだんだ!その通り!」と共感して頷いてしまうところがとっても多い本でした。

 著者はこれから世界は「グローバル企業・個人が主役になる新しい中世」になると謳っています。実は私も自分の本を書く時にまったく同じことを書いたのです。でもどうもうまくまとまらなくて結局この一節は削ってしまいましたが。要するにこれからの時代は「領主と農奴」みたいな感じで、「グローバル企業とノマド民」みたいになっていくんじゃないかな、って思っています。

 なぜそうなってしまうかと言うと、要するにITの発達です。同じ町内の人に仕事を発注するのも、遠い外国にいる人に発注するのも、いまやメールと電話で仕事が片付きますし、クラウドサービスを利用すれば本当にどこからでも仕事ができます。私の本も執筆は米国、編集はマレーシア、そして出版は日本で、それぞれの担当の方にあったことさえありませんでした(その時の感想はコチラ)。好むと好まざるとに関わらず、これからはそういう時代です。

 ネットやコンピュータの発達は個人のチカラを倍増してくれます。ネットでチカラを得た民衆はチェニジアとエジプトで革命をやってしまいました。東日本大震災の時にもツイッターやらフェイスブックが大活躍です。

 しかしITでチカラを得たのは個人だけじゃありません。企業もまたネットで機動性が非常に高まったのです。そして仕事はドンドンと海外へ出て行ってしまうのです。製造は人件費の安いところへ。特許や資産管理やオンライン決済は法人税が安いところへ。開発は才能が集まる土地へ。そうやって世界中に仕事が散らばってしまうのです。

 今後はもっと細かくなって、企業にとって都合のよい個人個人へと仕事が散って行くでしょう。そしてその行く先は労働者の全ノマド化です。シリコンバレーの企業なんてどこも年俸制ですし、感覚的にはサラリーマンというよりも野球選手みたいな感じです。年間離職率は14パーセントほど。同じ企業に10年いる人なんてほとんどいません。みんなすでに個人商店感覚なんです。またドバイでビルの建築に携わる労働者たち。ドバイ出身の人などはおらず、みんな近隣の国々からの出稼ぎです。これも一種のノマドでしょう。折しも日本でも解雇規制の緩和が論議され始めました。

 この本はそういう時代に先駆けて、実際にすでに個人商店化して働いている方や、国外に出ていって仕事をしてる方のインタビューなどもふんだんに載せてあり、単に時代を占う書物ではなく、どうやって生きていくのかの処方箋がしっかりと描かれた一冊です。読んでみるべし。おすすめです。



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2013年4月5日金曜日

アップルにみる「アート、ロジック、マーケット」

ちきりんさんの「研究者・勝負師・芸術家」というエントリーが面白い。

この3つの要素、本当に大事です。

このことは日頃から非常に重要だと思っていたのだけれども、なかなかこんなふうにまとめられないものです。ちきりんさんの「まとめるチカラ」は本当にスゴいな、と感心しました。


 アップルも本当にこういう感じで経営していて、そのバランスの良さが他企業を大きく凌いだ最大の要因じゃないかと思っています。これはあくまで私なりの「研究者・勝負師・芸術家」の解釈なので、ちきりんさんの意図とはちょっと違うかも知れないけれども、この3つの要素をアップルに当てはめて考え見ました。

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まずは「芸術家」あるいは「アート」。

 「企業が「帝国化」する (アスキー新書)」の中でも書いたけれど、これは非常に重要なポイントです。この「アート」的な感性がないと、顧客の魂を揺さぶるような製品やサービスはなかなか生み出せません。

 売れるとか売れないとかマーケットシェアとか採算とかそういう一切合切を一度蚊帳の外に放り出して、製品のあるべき姿を突き詰めて考えてみる。アップルは完全にオリジナルの製品は少ないけれど、他社が生煮えのまま世の中に出して失敗してしまったコンセプトを、きっちりと煮詰め直して世の中に出すこと、本当に得意です。スマホもタブレットもMP3プレーヤーもミュージックストアもみんなそうです。病的なまでの細部までのこだわり。なんでもかんでもスィーブの手柄にされてしまうけれど、アップルのデザイナーたちって本当にこだわるアーティストの集団です。

 なおこれは製品デザインだけの話ではありません。例えばアップルストアに行くと、すべての店員が端末を持っていて、レジに並ばなくてもその場で会計してくれる。そして領収書はメールアドレスへ。レジに並ぶ煩わしさを解消してしまうイノベーション。実現できる/できないといったことは一度外して、何が「あるべき姿」なのかを考えると、こういう解がでてきます。


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「研究者」、あるいは「ロジック」というのは、要するに「理詰めで考えて実行する」だと思います。

 アップルって言うとすぐにイノベーションガ〜〜という話になってしまうんだけれども、アップルのスゴいところってイノベーションなんかではなくて、むしろこの実行力の部分です。

 トヨタのカンバン方式も真っ青なほどの理詰め。そして愚直なまでにそれを実行するチカラ。アップルを語る上で絶対に外せない要素だと思っています。iPhoneひとつにおよそ500点の部品が必要です。それを156社にものぼるベンダーから購入。iPhoneだけでも3ヶ月に必要なパーツの数は150億以上です。なのに全世界の販売店でのiPhoneの流通在庫はホンの数日分のみしかありません。とことんまで突き詰めないと、こんなオペレーションはなかなか成立しません。

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そして「勝負師」。あるいは「マーケット」という要素。

 どんなにすぐれたイノベーションだって、売れてこそナンボです。どんなにいいものを作っても、利益を生まないのでは趣味の工作と一緒です。イノベーションで見えて来た形を、マーケットに対して訴求力のある、売れる製品として具現化する必要があります。

 しかしモノやサービスを世の中に問うということは博打です。特にそれまで他社が成功したことがない製品や、世の中に存在しない製品を売り出す場合には尚更です。新製品が発表されると、エンジニアまでもが実際にアップルストアに行って行列を自分の目で確認し、夜通しオンラインフォーラムを読みふけって世の中の反響をチェック。セールスでもマーケティングでもない社員をここまで駆り立てさせてくれるアップルという組織。働きがいのある会社でした。(ただし異常に消耗します)

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 この「アート、ロジック、マーケット」という感覚は大企業のみならず、スポーツ選手やミュージッシャン、あるいは自営業者などにもそのまま当てはまる重要な3要素だと思います。文化祭の出し物にさえ当てはまると思う。どこかの企業の株などを買う際にも、こういう観点で考えてみるとまた面白いかもしれません。



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