2012年6月29日金曜日

腸内細菌が性格を決める?

性格を決めるもの、それは『生まれつき』(遺伝)なのか、あるいは『育ち』(後天的な教育)か、というような議論が長年にわたってなされてきました。鬱病の親を持つ子供は鬱病になる確率が高い、だから性格や気質は「遺伝」なのだ、という説もあれば、真面目な長男長女、あるいや要領のいい末っ子、などのように兄弟の構成で性格の類型ができるのだから「育ち」なのだ、などと両方の説が語られてきました。

しかし最近になって実は「腸内細菌が性格に作用している」のでは?という非常に興味深い研究内容が相次いで発表されているのです。

腸とはどんな場所なのか
まずは腸というのはどのような環境なのか、おさらいをしておきましょう。

- 人間の腸は長さ小腸6〜7メートル、大腸1.5〜2メートルほどの長さの器官。
- 腸内には数千種類、100兆個以上もの腸内細菌が生息している。大便の約半分が腸内細菌、またはその死骸であると言われるほど。
- 腸内細菌たちは人間が摂取した栄養分を利用して生活し、体の中に生態系を形成している。
- 人間1人あたりの腸内細菌の合計の重さはおよそ1.3キロほど。つまり脳みそと同じくらいの重量。

これらの細菌の中には乳酸菌やビフィズス菌などのように善玉と呼ばれ、消化吸収を助けるものもあれば大腸菌などのような悪玉菌もあります。そして腸内細菌の生態系は人それぞれで大きく異なっており、そのバランスが消化吸収はおろか、個人個人の性格にまで影響を及ぼすというのです。

マウスによる実験
そんなバカな!と思うかも知れません。
まずはマウスの実験を2つ紹介しましょう。

ひとつはユニバーシティ・カレッジ・コークのジョン・クレイン教授による実験です。この実験ではひとつのグループのマウスにLactobacillus rhamnosusという腸内細菌を含んだ餌を食べさせ、もうひとつのグループのネズミには無菌の餌を与えました。Lactobacillus rhamnosusというのはLGG菌などとも呼ばれ、ヨーグルトなどに含まれており消化吸収を助ける働きがあることが知られています。そして2週間後、それぞれのグループのネズミを水を満たしたボールに浸け、ストレス耐性テストを行いました。

LGG菌を含まない餌を食べていたマウスたちは水から出ようと必死にもがき、およそ4分後にはぐったりとしてしまい、逃げようとするのをあきらめて水にプカプカ浮いていたそうです。そこでこれらのマウスの血液を採取してみると、血中内のストレスホルモンの濃度が高くなっていることが確認されました。

一方LGG菌を含む餌を与えられていたネズミたちは4分を過ぎても水から出ることをあきらめずもがき続けていたそうです。6分経過したところで逃げるのを止めようとしないマウスたちを水から出して血液を調べたところ、なんとストレスホルモンの分泌量が通常の餌を食べたマウスたちのおよそ半分だったそうです。

またカナダのマックマスター大のスティーブン・コリンズ助教授もこれとよく似た実験を行っています。腸内細菌が存在しないマウスを育て、その後攻撃的なマウスの腸内細菌をこの無菌マウスに移すと攻撃的な性格となり、おとなしいマウスの腸内細菌を移したマウスははやり大人しいマウスになるというのです。

また上記のネズミの実験ではLactobacillus rhamnosusを大量に投与したマウスの脳内で抑制性の神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸の受容体が活性化することがわかったそうです。一般に投与される抗不安剤などもこのγ-アミノ酪酸の受容体を活性化するそうですので、LGG菌が抗不安剤と同じ働きを引き起こすことが確認されたわけです。

腸内の細菌のバランスがどうやって脳内に伝わるのかを解明すべく、内蔵と脳を繋ぐ迷走神経を切ってみたところ、LGG菌を与えたマウスも与えていないマウスと同様の振舞いをするようになったということです。

では人間ではどうなる?
では人間での実験はないのでしょうか?

昨年3月にBritish Journal of Nutritionに掲載された論文によると、Lactobacillus helveticus R0052 と Bifidobacterium longum R0175という2つの菌を被験者に1ヶ月間大量投与したところ、ストレスや不安のレベルが、抗不安剤を服用した時と同様のレベルにまで軽減したというのです。

まだ腸内細菌がどのような経路を辿って感情に影響を与えているのかは分かっていません。しかし鬱病になると不足するセラトニンの80%はなんと腸内にあるそうなので、なんらかのバイパスがあるのかも知れません。

この腸内細菌による性格や感情への影響、なんとここ2年ぐらいで発見されたばかりということなのでまだまだ分からないことだらけのようですが、学者たちは腸内細菌を処方して各種の精神障害などを治療することができるのではないか、と考え始め研究に火がつき始めたようです。

やがて腸内細菌を調べる、といった行為が普通の検査方法になったり腸内細菌のバランスを整えることが極普通の治療方法になってゆくのかも知れません。

なんだか不思議な気がしますが、医学も何もない太古の昔には腸内の状態が生死に直結したでしょうから、腸内の細菌のバランスが感情や性格に直結しているのは理に叶っているような気がします。

試しにヨーグルトを沢山を食べてみようかと思う今日この頃です。


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2012年6月16日土曜日

スマホを持ちたくない最大の理由

さてまた同じようなネタですが、今日は「なぜスマホを買う決心がつかないのか?」というお話です。

スマホって本当に便利です。メールからウェブページ、またTwitter、FaceBook、各種ゲームからGPSまで本当に「何でも来い」です。

しかし3年前に思い切って手放し、その後はスマホどころか携帯すら持っていませんでした。すると読書が捗ったり、ちゃんと家族とおしゃべりしたりと、いいことも沢山あります。

その一方で不便は不便です。待ち合わせの時や、出先から予定が変更したい時も融通が聞効かないのはホントに不便です。またスマホはGPS代わりになったり、買い物をする前にちょっとネットのレビューを読んだりとホントに便利でしたが、こういう行為が一切出来ないのは確かに不便です。

そんな訳でスマホを再び購入しようかどうか迷っていたのですが、やっぱり電話しか出来ない、一番安いケータイを買うことにしました。

なぜって私は意志薄弱だららです。スマホを買ったが最後、ゲームやらtwitterやらをインストールしまくり、今の倍以上やるのがミエミエだからです。

ですから今回は見送ることにして、代わりに10年までの基準でも安物に分類されるような超ショボいプリペイド電話を買ってきました。3ヶ月有効の150分の通話も付いて40ドル以下です。スマホだと1ヶ月の通話料にすらなりません。安い!。しばらくはこれを使うことにしました。

この辺りの思考を「スマホを持ちたくない最大の理由」と題してまとめてみました。



こんなしょうもないことを土曜日の朝からtwitterで呟いている時点で既にネット中毒のアホですから、実はスマホを手にしても大差なにのかも知れません。が、レストランに行っても医者の待合室でもみんなスマホをいじくっているのを見ると、やっぱりないほうがいいかな……と思っています。

そのうち老眼であまりスクリーンが見えなくなったらまたスマホを利用したいと思います。えっ?そしたら何も見えないだろうって?大丈夫。その頃には更に発達したSiriとお話しをして、孤独を癒すんです。


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2012年6月13日水曜日

好きこそものの上手なれ

昔から「好きこそものの上手なれ」って言います。
最近では、ノンフィクション・ライターのマルコム・グラッドウェル氏が言いだした「1万時間の法則」などというものがあります。何事も一流になるには最低1万時間ぐらいの時間を費やさないとなれませんよ、というお話です。

では1万時間とはどのくらいの時間なのか?

例えば仕事に換算してみます。1年間の労働時間はおよそ2000時間ですから、1万時間消化しようと思うと最低5年間働かないといけないわけです。確かに就職5年目くらいって、自分でも自信がついて、色々な仕事を任されるようになる頃ですよね。

部活に例えると、年間300日練習するとして、1日3時間半程度でしょうか?すると1年で1000時間程度ですから、およそ10年やらないと1万時間が消化できません。

私は競泳をやっていましたが、全国大会の決勝の常連になるような子は最低10年くらいは泳いできている子ばかりでした。幼児の頃からはじめ、2年生ぐらいで選手になり、その後泳ぎ通しの子ばかりです。

ではアップルやグーグルの第一線でエンジニアをやっているような連中はどんな奴らかと言うと、子どもの頃からコードを書いてきたような人達ばかりです。

仕事で日がな一日コードを書いているのに、誰にも頼まれてもいないのに週末にツールを作ったりしています。

またレゴが大好きなエンジニア、非常に多いです。そして週末はマインドストームでプログラミング。異常に手の込んだものを作っては自慢しています。

もしもアップルやグーグルでエンジニアになると、こんな連中が同僚になります。

すると結局「好きこそものの上手なれ」に戻ります。好きでもないことをそんなに長時間やれるものではありません。そして好きで好きで放っておいてもコードを書いてしまうような連中だからこそ、一流のエンジニアになっていきます。こんな連中と一緒に仕事ができて、本当にいい体験をさせてもらいました。

…というような話をしたところ、「エンジニアtype」の編集部の方がいい感じにまとめて記事にしてくれました。


「エンジニアtype」元Apple松井博「世界一イノベーションを生む企業で学んだ、凡人が生きる術」



私は一流のエンジニアにはなれませんでしたが、若い頃沢山コードを書いた経験がまた違った形で生き、アップルに長く勤め、面白い仕事を沢山することができました。

私は若い時に好きな事に巡り会えて、本当に良かったです。若い時には一生懸命好きな事を追い求めるのも、大切なことのように思います。

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2012年6月12日火曜日

学校教育の比較から、日米の生産性の差を考える

日本のホワイトカラーの生産性、実は先進国で最下位レベルです。

これはホントなのか?と思われる方も多いでしょう。しかし私が日米の両方で働いてみた経験から類推すると、本当だと考えざるを得ません。

生産性は置いておいて労働時間だけ考えても、「アメリカ人は働かない、日本人は働き者」という話も実はいまや神話の類いです。これが当てはまったのは多分90年代の半ばぐらいまでです。最近はまるで逆転しており、アメリカ人、やたらめったら働いています。

しかしながら相変わらず多くの日本の会社で、今日も沢山の方が長時間残業に精を出していらっしゃいます。好き好んでやっているとも思えませんので、これはきっと文化的、あるいは制度的な原因によるものではないかと考え、学校教育や部活なども日米で比較しつつ、連続ツィートしてみました。すると案外反響が大きく、また@ko_kishiさんという方が一連のツィートをまとめてくださったので、ブログに転記することにしました。











私はなんとなく制度的な問題であるように感じています。なぜなら日本にある外資系では同様の問題が起きないからです。また日本では「会社」あるいは「学校」自体が共同体と化しているため、こうした差が出るのかも知れません。だとすると制度の改定と一緒に共同体の創出をしないと、労働時間の短縮や生産性の向上は見込めないのかも知れません。

あるいは単にリーダシップの不在なのか…。




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2012年6月11日月曜日

ネットの本当のコワさ

「ネットの怖さ」というと、ソーシャルメディアに個人情報を穫られてしまうとか、ウイルスに感染して個人情報が流出してしまうとか、あるいはブログが炎上してしまうとか、そういったことを思い浮かべる人が多いと思います。

そういったことは勿論コワいんですが、ネットの怖さってもっとネットリと絡めとられてしまう、底なし沼や蟻地獄のような怖さだと思うんです。

世の中は劇的に便利になった
ここ15年ほどでネットが劇的に発達し、私たちの生活は激変しました。

コミュニケーションも「会って話す」、「電話で話す」などから「メールを送る」、「チャットする」、「スカイプで話す」などに変わっていきました。

お陰で突然電話がかかってきてしていることを中断されたりということもなくなりましたし、新聞を取っていなくてもテレビなんて見なくても知りたいことは検索すればグーグル先生が0.1秒ぐらいですべて教えてくれます。また欲しいものがあれば楽天やアマゾンでポチッとすればわざわざ出掛けなくても家まで持ってきてくれるようになりました。

また普段会えない友達もFacebookやブログなどを通じて近況を知ることができます。友達のご子息の様子から現在の勤め先までなんでもすぐに分かります。自分も写真を載せたり面白かったことなどを書けば、友達から「いいね!」なんてされたり、PVが増えたりしてまんざらでもありません。

また世の中に意見を発信したければ、ブログを開設するなりTwitterをやるなり、あるいは2ちゃんねるなどで色々と書いてみてもヨイでしょう。するとまたフィードバックがあったりリツィートされたりして楽しいものです。

便利なはずが……
ところが気が付いてみると、なんだかアベコベになっている人が多いのです。
たとえばメールやチャット。電話から解放されたはずなのに、ケータイをひっきりなしに覗き込み、ケータイが音を発てる度に何やら返事を返します。ご飯を食べている時ですら返事を書くのは普通ですし、アメリカでは運転中に返事を書く人が絶えずに交通事故が増えましたし、タイではオートバイに乗りながらテキストする若者が多く死亡事故が激増です。

Facebookなどもいつのまにか「いいね!」を押してもらうのが目的化し、外出先では食べたものから見た景色まで何でもかんでも写真に撮り、よく撮れたものを選んでFacebookやブログにアップ!そして誰かに「いいね!」を押してもらったりブログのPVが増えたりすると満悦です。これではまるで現実の生活がネットのためのネタ作りのような位置づけです。

新聞も読まずテレビも見なくなって何をしているかというと、家に居る時はラップトップを広げ、出先ではスマホで常にネットをチェック。以前は家族で同じ番組を見てそれについてブーブー文句を言ったり話したり、あるいはチャンネル争いをしたりしましたが、そんな煩わしい人間関係、もはや必要ありません。家族全員それぞれスマホやラップトップに没頭です。

気が付いてみると
そしていつの間にやら面と向かってのコミュニケーションや、人と何かを共有するのがおっくうです。例えば電話。その場で返事しなくちゃいけないし、一度言ってしまったらそれっきり。メールやテキストのように送信前に読み直して編集なんて出来ません。それに声のトーンや息づかいからお互い情報が伝わり過ぎです。

飲み会もおっくうですし、家族で一緒にお出かけなんて暑苦しい限りです。そんなときには運転するお父さんを横目にスマホで友達にテキスト。テキストなら都合が悪くなったら「親と一緒だったから」とでも言っておけば別にどうにでもなりますし、リアルの相手と違って相手との距離感が調節しやすいのです。

私だっていつの間にか「まずメール」、そして「返事が来なかったら電話」というようにいつの間にか何でもかんでもまずはメールで打診するようになりました。そしてメールが来ると大急ぎで返事を書いています。

またtwitterも、自分緒tweetに反応があると「話題が変わらないうちに」返事をかかなくちゃ、と変に慌ててまた返事を返したりしています。どうせ全部クラウドに残っているのに。考えてみれば馬鹿げた話ですが、どうもネットって人を吸い寄せて離せなくする強力な磁力のようなものを帯びています。そしてこれを振り切るのは容易ではありません。

また昔からアイデアは散歩やトイレなどの空き時間に湧いてくるといいますが、空き時間は全部スマホが占有です。こんなことでアイデアなど湧いてくるのでしょうか?

2012年現在、いつの間やら私たちはリアルライフとネットライフの2つの人生を送るのが普通になりました。そしていつしか人とロクに話もせずににネット上で大量の時間を過ごすのがごく普通の生活形態となってきました。人といっしょにいるときでもひっきりなしにスマホを覗き込み、以前のような濃密さはありません。15年ほど前まではネットなんて存在すらしなかったんですから、考えてみるともの凄い変化です。

このような人との関わりの変化が、一体どのような影響を私たち一人一人に及ぼしていくのかは、まだ誰にも分かりません。何しろ人類はこれまでこのような生活を体験したことがないのですから。

そしてどうすればいいのか?
思うに今後大切になっていくのは、必要に応じてネットの磁力から自分の意志で抜け出せる力を持つことではないかと思います。気持ちを整理したいとき、大切な話をしなければならない時に、メールやネットに依存せず、ちゃんと一人になって考えたり、ちゃんと人と面と向かって話せる能力。そんな能力が重要になってくると思います。






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